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福岡高等裁判所 昭和27年(う)1876号 判決 1952年11月08日

控訴人 被告人 香崎市之助 外三名

弁護人 大家国夫

検察官 安田道直関与

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

弁護人大家国夫の控訴趣意は、同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを全部ここに引用する。

右に対する判断

(一)  事実誤認の点について。

原判決摘示の事実は、原判決の挙示引用にかかる証拠によつて、すべてこれを認定するのに十分であり、証拠の取捨に関する原審裁判官の措置、証拠の証明力に関する原審裁判官の判断に、経験法則の違背等特に不合理とすべき事由があるものとは認められない。論旨は、原判示第一の事実につき、原判示花島義一の被告人らに対する退去の要求は、土木課の部屋より廊下までの退去要求であり、原判示第二の事実につき、被告人長畑忠夫において原判示坪根九市の身体に触れたのは、右坪根九市の自由労務者に対する就労斡旋中ではなくして、同人の被告人長畑忠夫に対する侮辱口論中であつたという、いずれも原判決の認定しない事実の存在を前提として原判決の事実認定の不法を論難するのであるが、所論の事実を記録に現われた証拠によつて認定すべきものとするのは甚だ妥当ではなく、原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。

(二)  団体交渉の正当性の限界について。

労働組合側と使用者側との間における団体交渉が適法であるためには、交渉が平和的で且つ秩序ある限度内に止まるものであることを要し、交渉にあたる者の人数が必要以上の多数に上り、交渉の時間が過度の長時間にわたり、一部の者において激昂の余り机上を叩いて机上の硝子を破損し、多数の者が暴言を吐いて喧騒し終始交渉の相手方たる者の身辺につきまとうて食事、用便、電話等一切の行動を監視する等、交渉の経過において不当の勢威が一方に偏倚するものと認められるような情況がある場合においてはその団体交渉は平和的で且つ秩序あるものとはいい難い。今、本件についてこれを見るのに、原判決引用の各証拠に徴すれば、交渉の経緯に関する原判決摘示の情況事実、殊に自由労働者多数が小倉市役所土木課に到り、そのうち七、八十名の者は土木課の室外の廊下に待機し、被告人ら四名は、その他の四、五十名の者と共に土木課の室内に立入り、土木課長花島義一の机の周囲に参集し同人を相手として交渉し交渉中、次々と同所に参集した自由労働者の数は一時約四百名以上に達し、交渉の時間は、午前九時頃から午後七時頃に至るまで約十時間の長時間にわたり、その間、自由労働者の一名片山某の如きは激昂の余り労働手帳の束を振上げ土木課長の机に叩きつけて机上の硝子を破損し、他の多数労働者は、室の内外で暴言、喧騒を極め、ために、土木課職員の執務は一時不能に陥り、他方、土木課長周辺の多数の者は、終始土木課長の身辺につきまとうて、食事、用便、電話等一切の行動を監視して威圧を加える等、本件交渉は、その経過において、不当の勢威が一方に偏倚するものと認められるような情況の下に行われ平和的で且つ秩序あるものではなかつた事実を肯認するに足り 右のような情況の下における交渉は、団体交渉の正当な範囲を逸脱するものであつて、適法な団体交渉とは認め難く、従つて、被告人等の原判示所為の違法性を阻却するに由ないものと解すべく団体交渉の正当性の限界に関し、右と同一の見解に出た原判決はまことに相当であつて、これを不当として論難する論旨には賛同し難い。

その他原判決を破棄すべき事由がないので、刑訴第三九六条により本件控訴をいずれも棄却すべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

弁護人大家国夫の控訴趣旨

第一点原判決の第一事実には左の如き事実の誤認がある。原判決は「右土木課長花島義一より十分以内に右建物より退去せられたい旨要求されたのに拘らず被告人等は右時間が経過しても右建物より各退去せず」と認定したがこれは誤認である。証人花島義一以外の証言は全部これを否定して居る。証人稲永勉(小倉市警捜査課長)は「土木課長は皆さんの要求は分るが、私としては応じかねるから皆さんはここから十分以内に退去して貰い度い。と言いました」と供述している。証人江崎菊美(巡査)は「何処から出てくれと言つたか記憶しません」と供述している。証人福永保は「土木課長がこれ以上交渉の余地がないから今より十分以内に退去して貰い度いと言つたが何処からと言うことは記憶にありません」と供述している。証人安永覚一郎、証人池田軍治の証言によれば、池田軍治が「ここからとはどこからか」と問うたのに花島土木課長は「廊下迄出ればよい」と答えたことが認められる。以上の証言と土木課長室は巨大なビルジングの二階の一室であることからして、土木課長室からの退去を求めた事は明らかである。而して被告人等は孰れもその求めに応じて廊下に退去したのであるから何等住居侵入を構成するものではない。

第二点原判決第二事実には左の如き事実の誤認がある。原判決第二事実は「労働事務官坪根九市が自由労務者に就労斡旋中右手で同事務官の左頬を一回殴打し」と認定した。目撃証人玉木英治、瀬川光雄の各証言並被告の供述によれば、就労斡旋中でなく長畑被告と口論同被告を侮辱中である事が認められる。

第三点原判決は団体交渉の適法正当の限界に関する法理を誤解した違法がある。

団体交渉は平和的に秩序ある交渉であるべきは勿論であるが、礼儀作法の練習とは違い人間の生死の運命を交渉するものである。社会通念上特に暴力的であると認められない限り、相手方の意思に反しても正当である。労働関係においては事後の法的救済はその目的を達しない事が極めて多く、自力救済が広く許されねばならぬからである(判例労働法の研究七八三頁御参照)。而して本件に於て代表者の数が必要以上に多かつたと認定しているが、土木課長室に入つた代表者と傍聴者と合して四、五十名であつたことは原判決の認定する処でありこれは決して他の組合の団体交渉に比し多数とは言えず、普通の数である。又土木課長側には多数の課員並警官二個小隊(六十名)がいた。証人稲永の証言での数による不当な威圧は心配なかつた。片山某が机上を労務手帳で叩いたので硝子が割れたことも同人の個人的過失で同人は其場で別室に連れ去られ其後の交渉には参加していないので団体交渉そのものの正当性には関係しない事である。却て検察側の証人池田軍治の証言によれば交渉は終始平和的合法的で正当であつた事が認められ同証人が多年労働組合の幹部として又地方委員としての経験からの証言であれば本件程度の交渉は正当であると考えるのが相当である。而してその正当性を考えるのに自由労働組合の組合員の生活の窮乏化と言う事を考えねばならぬ。証人後藤正勝の証言によれば稼働日数は当時賃金男二百十円、女百七十円で三日もあぶれると食うものは何一つ買えず水を飲んで露命をつなぐ有様で住居も壕や箱をこわして作つた家に居る者さえある実情で憲法第二十五条は何処にありやと言う動物以下の生活である。しかも市に対し交渉しようとすれば今日は執務時間だからいかぬ、今日は出張だ、今日はもう退庁時間となつたから退去せよと言つて相手にならない。かかる状況の下で組合幹部が多数である程度やかましく責めることは憲法上の基本的人権を防衛するに止むを得ざる措置で正当行為である。

原判決が小倉市自由労働組合を労働組合と認めて其の団体交渉権を認めたのは卓見であるが市当局殊に花島土木課長はこの判決迄之を認識せずその為本件を起したのである。

しかも検察庁も警察も判決迄之を認識せずその為本件検挙をなしたのである。その理由の要点は大体日々雇入れるもので継続的でないからと言うにある様であるが、誤れるの甚しいもので八幡製鉄所や旭硝子牧山工場が日々必要数丈雇入れる現業員との問にその組合を認め労働協約迄締結している事を参照すれば明であつたのである。

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